そうだ、メサドンだ!
突然ですが
みなさん「ネットワークメタ解析」ってご存じでしょうか?
医療の世界に生きる人なら、これからは知っておいた方が良いワードですよ(^ο^)。なにせ、《はやり》ですから(^ο^)
ま~、医学界での出来事なので、ちょっと難しい話しなんですが……。以下、難しい話しでもいいから読んでやろうとお思いの人だけ読んでください。長文ですよ(>_<)
そもそも…
医学って、どうやって発展したと思います? 誤解を恐れず、単純化して申し上げるなら、『比較』の歴史なんです。
みなさんご存じのように、近世に至るまでは、医学は無力でした。ところが、初歩的な治療(治療Aとしましょう)ができるようになったとき、それが正しい治療なのか、考えなければならなくなりました。そこで、我々は、何もしない(何もできなかった)と治療Aを比較することで、治療Aが勝っているなら、治療Aが標準治療として認定し、臨床実装しようとしたんです。
例を出すなら、傷口の処置かな。 近世以前、切創(切り傷)は治療法がありませんでした。近世に至り、針と糸を使って傷を縫うという治療法が発明されました。で、この『縫う』と『ほっとく(何もしない)』を比較すると、ま~当然縫う方が結果は良いわけです。ただ、近世においても、「ヒトの体を針と糸で縫うなんて、そんなことしたらロクでもないことが起こるに違いない。」と考える人々はいたわけです。そこで、偉い先生が「わしゃ、縫うのがいい治療法じゃと思う。」 (これをexpert opinion:専門家の意見といいます)や、「針と糸で縫ったら、早く、綺麗に治りました。」(これをcase report:症例報告といいます) といった意見や経験を地道に蓄積していって、治療A(縫う)の有益性が認定されていっていたわけです。「ヒトの体を針と糸で縫うなんて、そんなことしたらロクでもないことが起こるに違いない。」と考えをしりぞけてね(^ο^)。
さらに
医学が発展してくると、治療Bが開発されます。そうなると、治療Aと治療Bのどちらが勝っているか判断しなといけません。こうなってくると、偉い先生ばかりに頼っていると(expert opinionだけに頼っていると)、「わしゃ、治療Aでうまくいったんじゃこうじゃ。」(偉い先生X)、「あほ。治療Bの方が新しいし、成績がええんじゃ。」(偉い先生Y)という喧嘩になります。確かに、偉い先生XもYも、経験豊かな先生なのかもしれませんが、その先生の診療経験や『たまたまうまくいった治療』によって比較するにすぎず、真実に近づくことは容易ではありません。そこで我々が重視するのがRandomized Controlled Trial (RCT:ランダム化比較試験)です。
また、たとえ話になりますが。20年ほど前まで、切創に対して、我々は「消毒してから縫う、そして毎日消毒する。」を標準治療としてきました(治療法A)。ところが、どうも毎日消毒しない方がええんとちゃうの…という学説がでてきました。つまり、「消毒してから縫うだけ」(治療法B)です。さて、どちらが正解でしょう。ここで行うのがRCTです。治療法Aと治療法Bを施す患者さんをランダムに振り分けて、治療成果を評価します。結果は、治療法B:「消毒してから縫うだけ」の『圧勝』でした。20年前は「消毒してから縫う、そして毎日消毒する。」が常識(標準治療)でしたから、「あんたは縫ってから消毒せ~へん群にふりわけられてんねん。」と言われた患者さんは、「なんでやねん!!」と思ったことでしょう。あ、むろん、ちゃんと説明して同意を得ていますが……。ま~でも、「なんでやねん!!」って思ったでしょうね。ところが、「なんでやねん!!」と思われた方の治療が《正解》だったのです。神の作りたもうた人体とは不思議なものです。また、ほんの一部とはいえ、神の設計図を紐解いた先人の慧眼と勇気には恐れいりますね。
ところが…
何処の世界にもヒネクレ者はいるもの。「治療法B:「消毒してから縫うだけ」の『圧勝』したっているけど、その研究は日本でやったもんやんけ。アメリカやったら、ちゃう結果になったんちゃうん。」と言い出す者が現れます。で、アメリカで同じ研究をすると、これがまた、完全に一致はしません。そら人種も違えば、気候も違います。こうなると、「イギリスやったらどうやねん。」とか、「砂漠の国やったらどうやねん。」といった意見が噴出します。
さて、医学者とは律儀なもんで、「イギリスやったらどうやねん。」とか、「砂漠の国やったらどうやねん。」という疑問をひとつひとつつぶしていきます(実際に臨床試験を行います)。その結果、環境や患者背景が少しずつ違う似たような研究(治療法A v.s. 治療法B)が複数発表されます。こうなると、今度は「結局どっちやねん」と言われます。そこで考えだされたのが、「メタ解析」です。治療法A v.s. 治療法Bに関わる研究を多数集めて解析して、「結局どっちやねん」を結論づける手法です。いまのところ、このメタ解析が最も信頼性の高い研究だとされています。
さらにさらに…
医学が発展すると、治療法A・Bだけではなく、治療法Cや治療法Dも開発されます。こうなると、「メタ解析」では解析できません。そこで開発されたのが「ネットワークメタ解析」。
具体的には治療法A v.s. 治療法Bに関する複数のRCT、治療法A v.s. 治療法Cに関する複数のRCT、治療法A v.s. 治療法Dに関する複数のRCT、治療法B v.s. 治療法Cに関する複数のRCT………、という風に多数のRCTをあつめてきて、ぜ~んぶひっくるめて解析します。そうすると、『一番有効なのは治療法C、次に治療法B』という結果が得られます。どうです、すごいでしょ。
で、
最近読んだ論文です。
Maike S V Imkamp. et al. Shifting Views on Cancer Pain Management: A Systematic Review and Network Meta-Analysis. J Pain Symptom Manage 68(3):223-236. 2024.
結論だけ言うと、「がん疼痛治療の用いるオピオイド鎮痛薬は多くあれど、そのなかでは、メサドンが一番いい。」です。ほほ~(・□・)さもありなん!!
実際
日々の診療で、がんの痛みを診させて頂く機会が多いたかはし先生は、患者さんの状態の応じて、数種類のオピオイド鎮痛薬を使いわけます。モルヒネ・オキシコドン・フェンタニル・ヒドロモルフォン・トラマドールが基本薬と言っていいのですが、これらのオピオイド鎮痛薬を使っても、いまいち効果がない場合、たかはし先生はメサドンを選択します。そう書くと、「出し惜しみせんと、最初からメサドン使えよ。」と言われそうですが、そうもいかないんです。実は、このメサドン、鎮痛効果は抜群だけど、『めちゃくちゃ扱いにくい薬』なんです。専門的なことを書き始めると読む気もうせると思いますので、わかりやすく言うと、①飲み始めてもすぐには効かない、②かと思うと数日後に急に聞き出して、③副作用がでる、④やばい中止やと思ってOFFしても効果が遷延する。あと、内服薬しかない。など、ま~扱いにくいことこの上なしです。ただ、そこはオピオイド鎮痛薬処方歴 27年。経験から学んだ、自分なりの「使い方」があります。簡単には解説できないんですが、患者さんに声もかけずに、そっと、背後から患者さんの様子を観察しているたかはし先生を見かけたら、その奥義を使っているって思ってください。
以上、徒然なるままに書いてしまいました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
たかはし